Report12<POST PRODUCTION,STUDIO>
グロービジョン、信濃町スタジオを再起動
~創業地のビルをリノベーションして構築へ~
グロービジョン㈱は、かねてから導入工事を進めていた『新信濃町スタジオ』が完成し、2月17日(月)から運用を開始した。新信濃町スタジオは、こだわり抜いた音響特性と、特注のBWV社のモニタースピーカー、コンソールにはSSL(Solid State Logic)社の次世代コンソール「System T」を導入して最高水準の音響を提供する。また、二大イマーシブフォーマットのDolby AtmosおよびDTS:Xの設備も完備し、多様な音響フォーマットに柔軟に対応が可能となっている。
さらに、広々とした設計により、コントロールルームには13名、レコーディングブースには最大20名を収容できる。環境設備としては、最先端の空調機DESICAを導入し、安全で快適な作業空間を追及している。加えて、新スタジオは、キャストやスタッフが自然に集いリラックスできる開放感のあるロビーや、打ち合わせや取材に最適な控室も備えている。
今回の新スタジオの導入に至る経緯、新スタジオの特長、今後の展開について、グロービジョン㈱代表取締役社長の川島誠一氏(写真中央)、取締役営業・制作本部本部長の松田尚子氏(写真右)、技術本部音響技術部一課課長 兼 技術管理部の安部雅博氏(写真左)にお話をお聞きした。 (取材・文責 染矢清和)

(左から)安部課長、川島社長、松田取締役
音響制作業務の拡大に対応して増設を決定
本 誌:最初にグロービジョンの、これまでの歩みについてお話しいただけますか。
グロービジョン:当社は1963年に設立、今年で創立62年を迎えます。当時、テレビ局では海外ドラマが盛んに放送されており、日本語吹き替えニーズが高まっていました。そこで、当社の創業者が日本語版制作会社を立ち上げました。同時期に、東北新社も業務をスタートしています。当初から海外ドラマの吹き替え版制作とアニメの音響制作を行っていました。
国民的なアニメの「サザエさん」は、昨年55周年を迎えましたが、第1回から当社で音響制作を行っています。外画についても、多くの作品を手掛けていますが、代表的な作品として「刑事コロンボ」があり、第1回の吹き替え版台本を額に入れて新スタジオのロビーに飾っています。コロンボの決め台詞である『うちのかみさんが‥』のページをご覧いただけます。
また、当初は主に吹き替え版制作でしたが、その後、字幕制作業務もスタートしました。このように、日本語版制作とアニメの音響制作を手掛けています。
本 誌:当初からスタジオを所有していましたか。
グロービジョン:吹き替え業務は、吹き替え黎明期からあった番町スタジオをよく使っていました。その、番町スタジオが信濃町の、現在のこのビルに移転してきて、1階が番町スタジオ、2階・3階にグロービジョンが入ったのですが、その後、番町スタジオから、このビルを購入してグロービジョンスタジオになり、ビル名もGSビルとしました。
2015年まで、このビルのスタジオを使っていましたが、スタジオが老朽化してきたのと、スタジオを増設したいという思いがあり、九段に九段スタジオを開設しました。当時、信濃町には3部屋の録音スタジオがありましたが、現在、九段スタジオではアフレコとミックスができる部屋が4部屋、加えてミックスの部屋が3部屋あり、かなりキャパが増えました。
本 誌:ビジネス拠点を九段に移したのですね。
グロービジョン:当初は、九段スタジオの近くにオフィスも移転する予定でしたが、良い物件がなかなか見つからず、一方で2015年にNetflixが日本でサービスを開始し、それ以降、Amazonプライムビデオをはじめ多くのプラットフォームが配信サービスを開始し、吹き替えのニーズが高まってきて、お陰様で稼働も好調な時期が続いています。同時に、アニメも多くの作品を手掛けるようになりました。当社は、KADOKAWAグループの一員ということもあり、アニメの音響制作業務も拡大したいという思いがありました。
一時期、コロナで制作が止まった時期がありましたが、コロナ沈静後の巣籠り需要で、よりニーズが高まり、2022年に、改めて信濃町をリノベーションしてスタジオを作るというプロジェクトを決定しました。同時に、オフィスも作り直そうとなり、ビルの筐体を柱と壁だけのスケルトンにして、耐震補強や床の補強を徹底的に行って、何度かの計画変更を経て、2023年に着工して2024年の9月にオフィスが完成し、遅れること5カ月、今年2月にスタジオも完成しました。


最高の音、最適な環境をコンセプトに
本 誌:ビルのリノベーションにあたってのコンセプトは、どのようなものでしたか。
グロービジョン:スタジオとしては、最高のスタジオを作ろうということで、最高の音、最適な環境を意識しました。迫力もあり、正確にミキシングして最高の音を創れる環境を提供できる、最高峰の音響制作ができるスタジオを目指しました。最適な環境というのは、ロビーもそうですが、制作プロセスの中で、音響制作スタジオは最後の重要なパートになり、色々な方が集まります。その方々が、スタジオの中に集まって立ち会わなければなりませんし、ミーティングのスペースも必要ですし、休む場所は心地よくなければなりません。制作環境としても良いし、リラックススペースとしても良い、そういう快適性を目指しています。
そのため、ロビーも殺風景でなく、コーヒーでも飲みながら役者さんとのコミュニケーションの中で作品に活かされるとか、取材のケースも結構ありますので、2階に控室を作り、取材ができる、着替えもできる場所を備えています。
アニメの制作のプロセスとして、プロモーションですとか、色々なことを、信濃町スタジオで賄えるようになっています。お客様が打ち合わせする場所も、音響制作スタジオには重要で、そういう場所もしっかり確保しています。アニメの制作会社の方が、ここで制作を行いたいと思っていただくようなスペースとなっています。
本 誌:確かに、入り口を入って、まず目に入ったロビーにびっくりしました。
グロービジョン:ロビーは古き良き映画館のロビーのイメージで作っています。光をある程度取り入れつつ、中の様子が外から見えないように、その両方を生かすにはどうしたらよいか考えて、ヨーロッパやアメリカ西海岸の映画館のロビーを沢山調べて見て、ステンドグラスを使っているロビーがあったので、このようなデザインを採用しました。これは、グロービジョンの伝統みたいな部分です。一方、スタジオは、革新的な最先端のデザインとなっており、「革新と伝統」を共存して仕上げています。

細かいことでは、リモートで立ち会われるお客様もいます。そういう人も立ち会える仕組みも、スタジオに盛り込んでいます。作品に貢献できる場所を提供するというイメージで作っています。
本 誌:リモートで立ち会える仕組みとは…。
グロービジョン:リモート立ち合い用の工夫として、天井にテレビ会議用のゼンハイザーのシーリングマイクを仕込んでいます。これにより、スタジオサブの何処にいても、小声で話してもマイクが拾ってくれます。
モニタースピーカーにBWV社の特注モデル
本 誌:完成したスタジオの特徴の一つとして、特注のBWV社のスピーカーを挙げられていますね。
グロービジョン:天井に吊れる低音域が25Hzまで出るスピーカーを探しても見つからず、特注で作るしかないとなりBWV社のスピーカーに決定しました。たまたま、設計者が知人だったので、話をしたら、スタジオ用の製品としてH5という今回のH7より一回り大きな製品の開発を行っていました。それを入れようと思ったのですが、あまりに大きすぎて、H7という一回り小さなモデルを開発してもらいました。BWV社のスピーカーは、本来劇場用で、新宿の歌舞伎町の109シネマズプレミアム新宿等に導入されています。そこに使われているスピーカーを小型化したものです。坂本龍一さんが音響監修をされたことで有名な劇場です。
フロントの縦型が基本モデルのH7で、近く発売されます。天井とサイドの壁のスピーカーが特注モデルになります。基本モデルを壁に置くと厚みがあり通路が無くなるので、一見、違うスピーカーに見えますが、同じユニットで、同じ容積で、同じ音が出る薄型のエンクロージャを作ってもらいました。チャンネルは7.1.4です。前が3個、後ろが4個、サブウーハーに天井が4個です。調整室の中は、収録ブースの窓の反対側にダミーの窓を設置するなど、絶妙な反響バランスをとっています。部屋の施工はソナにお願いしました。色はグロービジョンのブルー仕様です。

本 誌:音響調整卓はSSLを導入されたのですね。
グロービジョン:SSLについては、九段にはアナログのモデルを導入しています。使い易さに加えて、サポートが凄く良いのが選択肢になりました。故障すると、すぐ駆けつけてくれ、信頼性が高いです。また、このビルには、アフレコスタジオが1つしかないので、故障したら収録を飛ばしてしまうので、耐久性の高いシステムを考えました。コンソールは、電源が故障するケースが多く、スタジオが複数あれば融通がききますが、ここは1つしかないので、電源を二重化している放送局用のモデルを選択しました。DAWは、AvidのPro Toolsで、SSLはコントローラにもなります。
本 誌:最近は、世の中、AvidのPro ToolsとS6とGENELECが定番となっているので、このスタジオ設備は新鮮ですね。
グロービジョン:九段スタジオは、先述の通りアナログのSSLの卓を使用しています。アナログは使い易いのですが、チャンネル数が24chと限られます。イマーシブのオブジェクトの配置は、Pro Toolsとマウスで行っています。
ここは、元々、スタジオビルだったので、天井高がとれたので、音響性能に貢献しています。そのため、収録ブースも天井が高く最大20人の収容が可能です。ここには、ノイマン社の真空管マイクM 149 Tubeも4本設備しています。さらに1階にはオーディオブックの部屋があり、アナブースはボックス・イン・ボックスで作られています。ここもモニタースピーカーはBWV社です。

アニメや外画吹き替えでフル稼働が目標
本 誌:ビルをリノベーションして、スタジオ1室は贅沢な作りですね。
グロービジョン:本当は2室という話も出たのですが、そうすると窮屈になってしまうので、今回は1室にしました。アニメの音響制作だと、スタッフだけで20人以上集まるので、このスペースでも足りないかもしれません。
本 誌:イマーシブの制作は多いですか。
グロービジョン:現在は、10%以下で、ステレオが多いです。しかし、あとから対応するのは大変ですので、新しく作るとなると対応が必要です。実はDolby Atmos対応を謳ったスタジオでもHomeのみが多い中、当社はCinemaとHome双方に対応しています。そこが、強みになっています。配信系は、ほとんどDolby Atmosになっています。5.1chも、20年前は仕事がないと言われていましたが、現在ではほとんどが5.1chの仕事になりました。今後、イマーシブも主流になることを望んでいます。
今後の展開としては、これだけのスタジオを作ったので、アニメの音響制作なり、外画吹き替え制作なりで、フル稼働するのが当面の目標です。
本 誌:本日はありがとうございました。

