Report4<CASE STUDY2 札幌テレビ>

札幌テレビ、サイマル番組制作対応の大型中継車稼働
~国際映像や公式映像と放送番組の同時制作を実現~

札幌テレビ放送㈱技術局制作技術部マネージャー 山村 忠稔 氏

中継車のレンタルも考慮し豊富な機能を搭載

本誌:大型中継車「第一中継車」(以下 大型中継車)の更新の経緯から、お話をお願いします。
STV:旧中継車は、マスターやスタジオサブと同様に北海道地区で地上波デジタル放送をスタートした2006年に運用を開始しましたが、16年を経過し老朽化が目立ってきたので、設備投資には厳しい状況ですが、会社的に今後15年は大型中継車として稼働していけるだろうと考え、2019年の夏にプロジェクトを立ち上げ更新準備をスタートしました。
 当社の大型中継車は、Jリーグの公式映像制作、Bリーグの公式映像制作、ノルディックスキーのスキージャンプの国際信号の映像制作と、スポーツ番組の公式映像や国際映像を作る制作業務が比較的多く、大型中継車を保有するという前提がありました。
 旧大型中継車は、カメラが最大12式使用可能で、常載が9式、スイッチャーが28入力18出力、3M/E、そしてDSKが4DSK、映像ルーターが128×128、音声ルーターが96×96、インカムが72ポート、LWB光伝送装置が8ch×2式という仕様でした。それに対して、更新した大型中継車はカメラが最大15式使用可能で常載が13式、スイッチャーが120入力の60出力、3M/E、DSKは映像ルーターにもDSK機能があり最大8DSK、最大4プログラムの映像同時制作が可能となり、規模も機能も拡大しています。

完成した大型中継車はレンタルも考慮して真っ白な外観

本誌:大型中継車の更新にあたって配慮した点は、どのような事ですか。
STV:特に最近は、スポーツは作り方が昔と大きく変わっています。今は、全てのカメラ映像をEVSのビデオサーバーで収録して、スロー出しをしています。旧大型中継車を2006年に作った時は、そんなコンセプトではありませんでした。更新の理由の一つに、旧大型中継車の使い勝手が落ちていたと言うことがあります。今回の新大型中継車は、そういう部分を全て改善しています。
さらに、旧大型中継車は、映像も音声もパッチをして、真っさらな状態から系統を作っていました。更新した大型中継車では、映像も音声も、基本的に全てルーティングで系統を作る思想でシステムを構築しました。
 サッカーの中継から野球の中継に切り替える時、旧大型中継車では、どうしても系統変更の時には物理的パッチを全てしなければならなかったのですが、更新した大型中継車では、ルーティングのプログラムをロードするだけですぐに対応できると言うのが最初の構想でした。
また、20トン以下と言う重量制限のある中で、冬季の降雪時の電源車の調達を考えると、どうしても発々(発動発電機)を積みたいと言う事があり、拡幅機能を搭載すると片側でも重量が増えてしまいます。そのため、拡幅しない前提で、なおかつ中継車の中で制作スペース、作業スペース共に最大スペースを確保しました。
本誌:サッカーと野球では、そんなにセッティングが違うのですか。
STV:サッカーですと、自分たちの用意したカメラでユニの制作を行いますが、国内の野球中継では球団映像から映像をもらうケースが多く、自分たちのユニのカメラを出すのは3~4台となります。公式映像からもらって、入力ソースはそれなりにありますが、自分たちの用意する機材は比較的コンパクトになります。
 一方、ジャンプ競技では、国際映像を作りながら、国内向けの地上波放送も同時に制作します。別々ではなく、一つの車で同時に作ると言う特殊な作り方をしています。国際映像をベースに地上波テレビの放送を、合間を縫って両方成立するような制作を行っています。CGは、英語と日本語を同時にスーパーインポーズします。出力信号は、国際映像と国内放送向けが別々に出ていきます。
中継車の中は、一つのオペレートで作業しプログラムとして最大4プログラム、さらに予備系のMUXを持っているので最大8プログラム出力する構成となっています。
 オペレーターは、同じオペレーターが全て行います。国際映像は変更せずに、最終段のところで切り替えをして、国内映像の地上波の所だけ直しています。音声も、SEは同じものを付けます。人手も機材も余裕が無いので、これが当社の伝統となっています。海外からの予備の中継が入った時は、別の中継車を用意することもありますが、基本的には国際映像とユニの地上波の放送を同時に作ります。それが、マストの仕様になりました。
本誌:そのような背景が合って、映像も音声も、基本的に全てルーティングで系統を作るといった効率化が図られたのですね。
STV:映像信号も複雑ですが、音声信号も複雑になります。コミュニケーションをとるインカム周りもパワフルな物が必要になります。マトリックスとしては、かなり複雑なマトリックスになりますが、オペレーターには負担をかけないシステムということで、映像システムに加えて、音声システムには、LAWOの音声ルーター & DSPエンジンであるPower Core、コミュニケーションにはRIEDELの128ポートの大型インターカムシステム、そして回線システムにオタリの新型LWB(ライトワインダ―)光伝送装置を導入しました。
 国際映像の作り方としては、台本に沿って順次行います。地上波用の放送も、それをベースにして、ここは使用する、ここは使用しないといった作り方をします。中継車は、映像系統ありきで、映像システムのSIさんが決まってから音声システムを構築していきますが、今回は当社の独自の中継車の使い方から、音声システムも複雑になるので、SIさんが決まる前に、中継車の映像に対して音声がどこまで連動できるかを検討しました。
 映像システムのSIについては、池上通信機さんを選択しました。音声的には、どこまで映像と音声が連動するかはSIさんが決定してから、どうしようか考えました。
本誌:以前の中継車も、池上通信機がシステムを担当したのですか。
STV:池上通信機の良いところは、映像ルーターと音声ルーターの制御が一緒に制御できる点と、ソフトウェアベースで出来ており、大体のことに対応できます。他社さんに相談したら、チャンネル数等で制限があると言われました。音声と連携する機能を搭載するとなると、システムがより複雑になりコストもかかるので不安はありましたが、池上通信機で対応が可能と解り、同社の制御パネルで音声ルーターの制御も行う事にしました。
 映像ルーターと音声ルーターは別物ですが、統合したソフトウェアで制御します。それができないと、今まで中継車でやってきた、最低でも2プログラム作らなければならない制作が崩れてしまいます。もちろん、上位に素材分配装置で使ったVSM等の制御システムを使えば、何でもできるようになりますがラックが1本増えてしまいます。
本誌:映像ルーターと音声ルーターの一元制御が、メーカーの大きな選択肢となったのですね。
STV:トータルの番組制作で、我々が行いたい仕様により答えていただけたのが池上通信機でした。
 更新した大型中継車のもう一つの大きな特徴は、局の仕事だけではなくて、中継車の貸し出しも想定して、真っ白な車体デザインになっています。北海道は島なので、簡単に本州から大型中継車を持ち込めません。今後は、同時サイマル制作ができる中継車として、営業にも力を入れていきます。
 また、もう1つの特徴として、大型中継車を使う規模の中継では、音声中継車がぶら下がるケースが多いですが、もう少し小さい規模の中継では、中継車の中に音声卓を組んで、音声システムが組めるような作業スペースも兼用ですが用意してあります。このスペースには、音声の端子盤や専用のモニターテレビも用意されており、中規模の音声卓が搭載できます。音声のモニターは、ヘッドフォンミックスになります。
本誌:実際に、音声卓を積んで中継したケースはありますか。
STV:6月中旬に『よさこいソーラン祭り』というイベントがあり、この公式映像の制作を行う予定です。その時に、地上波向けの番組制作を同時に行いますが、その制作用に音声卓を搭載する予定です。

独立したモニターが並ぶスイッチャー卓

音声システムにLAWO社のPower Coreを採用

本誌:音声ルーターには、LAWOのPower Coreを採用されたのですね。
STV:旧大型中継車の音声ルーターも、プローベルの製品を、池上通信機のソフトウェアで制御していました。その後、池上通信機が独自の音声ルーターを作って、最大128chまで制御をかけられるような製品をリリースしましたが、そこにMADIやDanteの制御をかけるとなると、同社の音声ルーターでは力不足となり、LAWOのPower Coreを採用しました。
 Power Coreは、音声ルーターとしては1032×1028の制御が行えます。Power Core自体はMADIのポートを持っていますので、そこにDanteのスロットカードを2枚装着して、64ch単位/14ポートのインタフェースを装備しました。物理的なI/Oを少なくするため、IPを基本にDanteの音声信号でやりとりを行っていますが、レガシーなMADIやアナログ、AESでも最低限のIN/OUTは中継車として備えています。また、ビデオサーバーのEVSとのやりとりも、MADIで行っています。

車内のサブ卓は、モニ ターテレビ、オーディオ入出力端子を備え、 音声卓を設置してミキシング作業が可能

 Power Coreは、音声ミキサーのDSPエンジンを積んでおり、音声ルーター以上の機能を備えています。ポストプロダクション等では、Power CoreをDanteに変換するためのゲートウェイとして使用しており、海外でもIPゲートウェイとして使っている事例を聞いていたので、そこで上手く制御がかけられれば映像システムと連携ができると考えました。
 また、筺体が1RUと小さいので、アナログとAESのインタフェースが上手くとれる環境であれば、音声ルーターとして使えるのではと考え導入しました。
本誌:音声でも、国際映像の制作や、大型スポーツ番組の対応が大きな要素を占めているのですね。
STV:当社の中継車の音声ルーターは、サイマル制作を行う関係上、規模も大きく複雑な制御をかけなければなりません。旧大型中継車で池上通信機のシステムに実績があったので、更新にあたっても制御がかけられると言う見通しの担保があった上でPower Coreを選択しました。Power Core自体は、フェーダーの無いミキサーなので、中のDSPを使用して、音声ルーターの中にミキサーが2台有る仕組みを作って、音声中継車のコンソールに信号を入れて、そこで信号を作らなくても、音声ルーターの中で信号を作ることができます。それが、Power Coreの強みになります。

1000 ポートを超える音声ルーター機能を備えたMADI ルーター LAWO のPowerCore
ラックに設備されたRIEDEL ARIST128 インカムマトリックス

本誌:大型中継車を今後レンタルしていく中で、色々な信号への対応は重要になりますね。
STV: MADIやDanteのマルチチャンネルを扱う前提で組んでおかないと、大型中継車が貸し出しで運用している時に、音楽物のような大きなライブ中継で対応できません。そのため、大規模なインタフェースを常用して、上手く使いこなせるようにしています。実際には、今回の大型中継車と音声中継車はDanteで本線を結んでいます。そこのスタンバイとか系統の組み方が、かなり簡略化されました。システムを理解しなくてもオペレートに入れる環境にあります。
 実は、当社の音声中継車に載っているコンソールは、アナログとAESしか出力できません。近い将来、音声卓を更新した際には、間違いなくIPコンソールになります。コンソールが映像中継車の仕様に引っ張られて、音声中継車の仕様が固定化されないように、映像中継車の音声システムが何でも対応していけるインタフェースを持っている仕様になっています。そのため、音声中継車にはコンバータを用意して、AESとアナログを、DanteあるいはMADIに変換するコンバータを載せて、やり取りをしていきます。
 もう1つ、プログラムのマトリックスが大型中継車の中に入っていて、それは制作室で聞くプログラムだったり、インカムの中のプログラムだったり、アナウンサーやリポーターが聞くプログラムだったりを作るための、別なマトリックスとなっています。
 これも、大型中継車の中で完結するシステムで、Danteでルーティングできるようになっていて、クロスポイントを選ぶだけで系統を作ることができます。

本誌:コミュニケーションに、RIEDELのインカムシステムを採用された理由はなんでしょうか。
STV:スタジオサブのシステムには他社のシステムが入っていますが、RIEDELのインカムシステムは、ワールドワイドのスタンダードなシステムです。音声としては各社のコミュニケーションのマトリックスでも知っている方が役に立つということから、大型中継車ではRIEDELシステムを導入しました。もちろん、音質的な所も選択の理由になりました。聞き比べたらわかりますが、色々なプログラムが鳴っている所で、聞き分けがしやすいのは、圧倒的にRIEDELのシステムです。スポーツの中継だと、色々なインカムや連絡線のトークの音や、他のプログラムが鳴っていますが、そこの聞き分けがしやすいのはRIEDELです。

RIEDEL のインターカムコントロールパネル RCP-1112

 インカムについては、IPも考慮しましたが、接続回線や端末ををIPにしてしまうと、中継現場の回線構築が懸念されます。すべてLANケーブルを敷くわけにはいきませんし、トランク線があったとしても、100mしか届きません。それを悩むのだったら、わざわざIPにするメリットが有りません。
 リモートプロダクションも視野に入れつつ、RIEDELのコミュニケーション・プラットフォームは拡張性があり、現時点では2枚分のスロットを空けていますが、将来的に必要性があれば、ボードを追加して、その時のプランニングに合うシステムを導入します。
本誌:オタリのLWB(ライトワインダー)については、どのような用途にお使いですか。
STV:LWBに関しては、旧大型中継車から導入していますが、放送席のコメンタリーシステムがメインな用途で使っています。もちろん、中継車間の信号のやり取りも、旧大型中継車では行っていましたが、光多重装置として音声がメインですが、映像もマトリックスとして載せることができるし、イーサネットのトランクもあり、なおかつRIEDELのコントロールキーパネルの信号は、AESで流れており、それもLWBを経由して使用することができます。
 RIEDELのマトリックスと、オタリの光伝送装置のLWBとは、比較的親密な関係にあります。

コメンタリーシステム等に活躍するOTARI LWB-24 / LWB-72
中継車内部の各種機能を説明する山村忠稔氏

 今後はより容易で効率的な使い勝手を検討

本誌:音声システムについても、多くの機能を盛り込んだ大型中継車となっているのですね。
STV:言葉で説明すると、複雑で大型のシステムに聞こえますが、実はコンパクトにまとまっています。パソコン上でマトリックスを選ぶだけですが、内容を理解していないとチョイスが難しく、そこが間違ってしまうと大変なので、大型中継車の中でプリセット機能を備えています。
 Jリーグと野球は、音声的なデフォルトは、ほぼ同じプリセットで済み、クロスポイントも変わらずに、名称だけ変えています。今後、スキージャンプのプリセット等も作っていきますが、経験上、大きく変えなくてもできるかなと思います。
本誌:音声システムのリダンダントシステムも、組まれているのですか。
STV:リダンダントシステムとしては、制御が駄目になった時は、エマージェンシーに倒すことで、音声ルーターはMADIのリレーがスワップされて、Dante MADI変換に変わるようになっています。全て、Danteルーティングで回るようなリダンダントを組んでいます。最悪、本番中に障害が発生しても、音声が途切れることはありません。
本誌:実際に運用を開始されて、現場の評価はいかがですか。
STV:2月末に納車され3月から稼働を開始しました。Jリーグの公式映像で既に5試合、野球中継で4試合に使われています。
 運用スタッフからの評価は正直これからです。サブの更新と考え方のコンセプトが近いシステムで、いままで中継に携わったスタッフからは、旧車を踏襲しており、すぐに入り込みやすいシステムであると言われています。
 マトリックスの機能が音声ルーターで1000ポートを超えていて、RIEDELのマトリックスも128ポートを超えています。プログラムのマトリックスも28×28を持っていますが、そのマトリックスの考え方を理解できれば、旧大型中継車で、パッチで行っていたものを、クロスポイントで選べばよいだけなので、オペレートはそんなに難しくないと思います。今後、携わっているスタッフで、さらに効率的な使い方を詰めていきたいと考えています。
本誌:本日はありがとうございました。

札幌テレビ放送 大型中継車「第一中継車」の概要

【車体】
シャーシ ISUZU  2PG-CXY77CJ-SX-D 低床3 軸
         4 バックエアサスペンション車 380 馬力
車体 京成自動車工業 全長10.70m 全幅2.49m
   (室内幅2.29m) 全高3.68m 総重量19.54 t
発電機 富永物産 HIT-50KI2  55KVA
【搭載中継機器】
映像システム SI 池上通信機
音声ルーター MADI ルーター LAWO PowerCore
    (MADI × 14、Dante × 2、RAVENNA × 2 )
MADI コンバーター DIRECTOUT.TPRODIGY.MC
外部入出力 CANARE 8/12/16ch マルチ 各2
Dante HUB YAMAHA  SWP2-10SMF 2 式
インカム  RIEDEL ARIST128 14SLOT、RCP-1128 3式
      RCP-1112 19 式、RCP-1116 3 式他
光伝送装置  オタリ LWB-72 2式、LWB-24 1 式 他