Report4<CASE STUDY1 札幌テレビ>

札幌テレビ、報道制作設備・大型中継車を更新
素材分配装置にはIP、SDIに代わる第三の選択

札幌テレビ放送㈱(STV)は、2006年の地上デジタル放送開始に合わせて運用を開始したテレビマスター、報道・制作設備が一斉に更新時期を迎えて、昨年(2021年)3月のテレビマスターの更新設備の運用開始と同時に、報道サブ(Nサブ・Jサブ)および素材分配設備を更新し運用を開始した。また、同年7月には残る番組制作設備である制作サブ(Tサブ)の更新が完了し運用を開始した。
 さらに、番組制作設備としてはテレビマスター、報道・制作設備と同様に2006年に更新、稼働を開始した大型中継車も老朽化や中継技法の変化により更新を行い、本年(2022年)3月から運用を開始した。

 報道・制作設備の構築に関しては、報道サブ(Nサブ、Jサブ)をパナソニックシステムソリューションズジャパン㈱(現パナソニックコネクト㈱)、制作サブ(Tサブ)を池上通信機㈱、素材分配設備を㈱ロジックジャムが、大型中継車については池上通信機㈱がシステムインテグレーター(SI)を担当した。
 STVの更新設備の中で、局外、局内の映像信号を集約し各システムに分配する素材分配設備には、素材分配ルーターとしてRIEDEL社のMediorNetシステムが、そして素材分配装置を構成する素材分配ルーター、RS422ルーター、KVMマトリックス、小規模映像ルーター、地震情報システム等の機器を制御下に置き、一括管理・制御するシステムとしてLAWO社の管理制御システムVSM (Virtual Studio Manager)が採用された。

2021年3月のマスター更新と同時に稼働した報道サブ(Nサブ)


 一方、更新された大型中継車「第一中継車」は、Jリーグの公式映像制作、Bリーグの公式映像制作、ノルディックスキーのスキージャンプの国際信号の映像制作と、スポーツ番組の公式映像や国際映像を作る制作業務が多く、地上波放送とのサイマル制作が前提となっており、音声システムにおいては、LAWO社の音声ルーター & DSPエンジンであるPower Core、コミュニケーションにはRIEDEL社の128ポートの大型インターカムシステム、そして回線システムにオタリの新型LWB(ライトワインダー)光伝送装置といった強力な機材が導入されている。
 本稿では、昨年3月に運用を開始した番組制作設備の中核をなす素材分配設備、また今年3月に運用を開始した大型中継車「第一中継車」について、設備更新の経緯や新設備のコンセプトおよび概要、今後の展開について、札幌テレビ放送㈱技術局制作技術部マネージャーの田代康高氏、同制作技術部マネージャーの山村忠稔氏、同制作技術部の向山悠樹氏にお話をお聞きした。(文中敬称略 取材・文責 染矢清和)

2022 年3 月から運用を開始した大型中継車『第一中継車』

札幌テレビ、光分散型ルーターによる素材分配設備導入
  ~統合管理制御システム導入し関連機器を一元管理~

札幌テレビ放送㈱技術局制作技術部マネージャー 田代 康高 氏
        技術局制作技術部         向山 悠樹 氏

デジタル放送開始から15年を経過し設備更新

本誌: スタジオサブを始めとした更新の経緯から、お話をお願いします。
STV:北海道で地上デジタル放送がスタートした2006年に、札幌テレビではテレビマスターとスタジオサブの更新を一気にHD化しました。それから、15年が経過して導入した設備の老朽化により更新時期を迎え、今回、マスターを始めとした大きな更新を行いました。
 報道制作設備としては、ニュースサブ「Nサブ」と制作サブ「Tサブ」、また報道サブには、もう一つ小さなサブとして報道局内に「Jサブ」があります。それに加えて、素材分配設備を一気に更新しました。更新前の設備も、こういう構成でした。
 サブを一つ作るにも、それなりの作業量が必要ですが、全てを同時に作業するとなると3.5サブ分程を一気に作ると言った作業量になり、投資金額も大きいですが、我々、制作技術部メンバーの作業量の負担も大きくなりました。
本誌:民放テレビ局の中には更新を機に、新社屋を建てるケースも見られますが、放送を続けながら更新を行うのは、さらに難しい課題がありますね。
STV:新社屋も大変ですが、既設の社屋で更新するのは、放送を続けながら更新のプランを建てていかなければなりません。それを前提に、全て検討しました。2006年に導入した設備は、共通ラック室に3.5サブ分の設備を全て集約していました。これは、電源や空調、設備間の信号のやり取りを含めて、とても効率の良い方法です。
更新にあたっても、これを踏襲したかったのですが、ラック室がほぼ満杯で、新たなラックを導入するスペースがありませんでした。放送を続けながら更新を行うには、相当数のラックスペースを捻出しなければなりませんが、それは叶いませんでした。そこで、新しく作るニュースサブについては、Nサブラック室という新たなラック室
を作り、ここに機器を設置しました。
 その中で一番頭を悩ませたのは、素材分配設備です。これは、局内外の信号を一手に素材分配設備に入力して、使う側が適時必要な素材を選択するシステムで、以前はベースバンドルーターで組まれていました。
 ベースバンドルーターでは、全ての素材を同軸ケーブルで一か所に集めなければなりません。本体のラック室が変わると言う事は、室間の同軸ケーブルを全て新たな場所に集めなければなりません。その敷線工事にコストも労力もかかります。どうやって新しい素材分配装置を構築するかが技術的に一番悩みました。
本誌:放送を続けているので、既設のケーブルを、敷線工事にあたって外すわけにいきませんね。
STV:当社の素材分配設備は、全ての信号が入ってきて、それが報道用の回線収録では常に収録が行われています。また、Webに掲載するお天気カメラの映像も、素材分配設備からキャプチャーします。このように、24時間365日止まらない設備ですので、パラランは必須ですし、カットオーバーするしかない状況でした。
 既設の、共通ラック室は、1ラック分位は捻出できるかなと言う状況で、1ラックあれば大型のベースバンドルーターは入れられますが、ルーターだけ導入すれば済む設備ではありません。例えば信号の分配器も多数必要で、系統図にすれば、サブ一つ分の機材が必要になります。とても、1ラックでは収まりません。
本誌:難しい課題を抱えた中で、素材分配装置の更新準備は、いつ頃からされたのですか。
STV:更新の4年ほど前、2017年度から、検討をスタートしました。最初の1年は、部内でどういう製品があるかを調べる机上検討を行いました。IPで信号のやり取りをする新技術を知り、最初の1年は、それを一生懸命調べました。当時は、SMPTEの標準規格となったST.2110は未だ決まってなく、国内ではソニーが独自のNMI規格を提案していた時期でした。また、国内の導入事例も、数社しかありませんでした。IPも候補の一つとして考え、他局視察も沢山させていただいて、意見交換をしながら検討を進めていきました。
本誌:RIEDELのMediorNetシステムとLAWOのVSMに着目したきっかけは何かありましたか
STV:RIEDELのMediorNetシステムは、たまたま2017年にオタリテックに社内でデモを行っていただき初めて知りました。コアルーターのMetroNを中心に、信号伝送および信号プロセッシング機能を持ったデバイスで12in12outのSDIルーターとして機能するMicroNを、10GbEの光ネットワークで複数のMicroN間をリンクさせると、一つの大型ルーターとして機能すると言うのが、その時は信じられませんでした。この時は、有力視はしていませんでしたが、頭の中にインプットされました。
 一方、LAWOのVSM(Virtual Studio Manager)という制御システムソフトウェアは、2017年のInter BEEのブースで初めて知って、面白いソフトウェアがあるとインプットされましたが、この時はMicroNとVSMが頭の中では繋がっていませんでした。
 稼働3年前の2018年度になると、主に報道セクションの担当者とサブ更新プロジェクトを立ち上げて、新設備の概要の検討を始めました。ここでは、新NサブやJサブにどういう機能を盛り込むかが主題で、素材分配設備については、かなり技術的な話ですので余り扱いませんでした。
本誌:確かに、スイッチャーや多くのモニター、音声卓や照明卓が並ぶスタジオサブに比べると地味ですね。
STV:素材分配設備は、毎日頻繁に当たり前のように使っていますが、実態は空気のようなもので意識されていません。1年間、次の素材分配設備について構想を練ってRFP (Request for Proposal・提案依頼書)を書きました。そして、各メーカーに、それを配って、半年間をメーカー選定期間ということで、提案を受けながら費用や中の構成機能を精査していきました。
 そして、稼働から1年半前の2019年の9月にメーカーを決定して、その後は決定したメーカーと詳細の打ち合わせをしながら製造に入ってもらい立会検査、現地工事、調整、稼働となりました。

MediorNet のラック前でシステムの説明を行う田代康高氏

 第三の選択肢としてMediorNetとVSMに着目

本誌:構想期間に長い時間をかけられたのですね。
STV:この構想期間が、完成した設備の内容にとても密接に繋がってきますので、重大な位置付けになります。その時に、ベースバンドのルーターで再度構築するのか、IPルーターで更新するのか、さらに第三の選択肢としてMediorNetシステムと言うプランが出てきて、この三つについて、調査・検討を進めました。
 映像ルーターは、映像の入力と出力を選択するものですが、我々が重要視したのは、これの制御の部分です。その使い勝手を、重要視しました。MediorNetシステム自体はルーターであり、それを操作する部分は何にするかと考えた時に出てきたのがLAWOのVSMです。
本誌:従来のルーターのリモートでは機能が不足していたのですか。
STV:不足はしていませんでしたが、以前のシステムは国内の放送機器メーカーのルーターで、制御システムも、そのメーカーの製品でした。今回、導入するシステムが変われば、制御システムも変わりますが、MediorNetシステムで、MicroNというルーターで構成した時に、その切り替えを制御するパネルは何にするかとなると、標準ではRIEDELのインカムパネルになります。これは、瞬時に大量の素材を切り替え選択する用途には向きません。そこで、LAWOのVSMという操作パネルとの組み合わせが、有力な候補として挙がってきました。

N サブのVE 卓に装備されたVSM のハードパネル

 もう1つ悩んだのは、素材分配装置はルーターだけでなく、お天気カメラのパンやチルトを行うリモコンがあり、この制御にはRS422のインタフェースが使われています。制御したいお天気カメラを選ぶと手元のコントローラで動かすことができます。このRS422のルーターの制御も必要です。また、パソコン画面の切り替えを行う、KVMルーターもありました。このような複数のマトリックスが、更新前のシステムは、一つのパネルで選べるようになっており、汎用的に使用していました。こういう仕組みにしないと、マトリックス毎に制御パネルが必要になり、操作卓が制御パネルだらけになってしまいます。また、操作する場所も、社内の各所にありますので、その全てに沢山の制御パネルを並べなくてはなりません。
 それを無くすために、2006年の設備の時に、一つのパネルで、必要に応じで色々なマトリックスを制御できる設備を作っていただきました。
本誌:更新で機能が下回る訳にはいきませんね。
STV:そこで、今回も複数のマトリックスを一つの制御パネルで切り替えたいと言う要望をRFPに書いて各メーカーさんに送りました。大手のSIメーカーさんからは、プロトコルを変換して実現しますと言う提案が来ますが、これは新規開発になるので、かなりのコストが乗ってきます。例えば、機能は満たしているので充分と言う安価な映像ルーターを導入しても、この制御をお願いすると、そのインタフェースを作る費用がかかって、結局高価なものになります。
VSMをヒアリングすると、我々の使いたい製品の制御が全てできますと言う事で、頼もしいソフトだなと感じました。VSMは、一つのメーカーの製品を制御する為に関発されたのではなく、様々なメーカーの製品を制御する為に進化してきたソフトウェアで、そこが好感を持てましたし、将来の増設等にも対応できます。
 そこで、RIEDELのMediorNetシステムとLAWOのVSMという制御システムソフトウェアの組合せが、我々の中で有力視されてきました。
本誌:有力視から決定に至った経緯は何ですか。
STV:IPルーターでも同様のことはできますが、IPルーターとMediorNetシステムの違いは、コストだと思います。IPルーターは、COTS (commercial off-the-shelf、既製品)と言われる汎用のネットワークスイッチでルーティングしていきますが、その更新間隔が5年でリプレイスが推奨されています。イニシャルコストも高いですがランニングコストも考えなくてはなりません。MediorNetとVSMの組合せでは、これよりは低コストで構築できますので、IPルーターよりは上位になりました。
 次に出てきたのが、ベースバンドルーターとの比較ですが、これはベースバンドルーターの方が当然コストが安く、かなりの価格差がありました。そこを、会社にどの様に説明するかが課題になりました。
本誌:その価格差を、どう説明されましたか。
STV:ベースバンドルーターで更新すると、既存のラック室では作れないので、新しいラック室に本体を置くことになります。そうなると、大量のケーブル敷線をしなければなりません。当然、ケーブルの購入費、敷線の作業費が、MediorNetとの差額として出てきます。
 さらにMediorNetには信号のプロセス機能があり、映像を同期して出力するとか、エンベデット信号から音声を分離して音声システムに渡すと言ったことができます。これらの機能は従来、素材分配ルーターからエンベデットで信号が出てきて、サブのFSで同期をとり、ディエンベデットして音声信号を取り出すと言った、サブの系統図の中で処理していました。MediorNetの信号伝送およびプロセッシングのデバイスであるMicroNを使用すれば、それらの機器が不要になります。
 ケーブルの費用や作業費、変換器といった経費を段積みしてコストを比較し、コストを精査すると、ほぼ同じ金額になりました。
本誌:既設のケーブルが敷線されている中に、新たな同軸ケーブルを敷線するのは、大変な作業ですね。
STV:ベースバンドルーターでは、新しいサブから新しいマスターまで、ケーブルが135m程必要です。そこに、HD-SDIを流すには、一番太い8C-UHDのケーブルを使えば、敷線できなくはありませんが、それを100本近く敷線しなくてはならず、現実的ではありません。これらは、機器のコスト差には出てこない話です。
 光分散型ルーターを採用するに当たり、価格差についても説明できる範囲になりましたので、説明は難しくありませんでした。そして、上層部も、素材分配設備に関しては、新しい技術を取り入れても良いと言う感触になりました。

 分散型ルーターと光ネットワークで工事も容易に

本誌:大規模な光分散型ルーターを採用するのは、国内では初になりますが、危惧はありませんでしたか。
STV:24時間止まらない大規模なシステムは、国内では例がほとんど有りませんでした。今まで我々はベースバンドルーターしか使ってきませんでしたから、正直に言えば、MediorNetを長期間使って大丈夫かと言う怖さもありました。そこで、オタリテック経由で、お使いのユーザーを紹介していただき、最終的には自信を持って提案しました、選定の後悔はありませんでした。
本誌:どのような所を見学されたのですか。
STV:系列が違いますし、担当者さんとも面識はありませんでしたが、テレビ朝日さんのABEMA TVを見学させていただきました。機器の実装を見ると言うよりは、運用されている方に、機器の安定度、信頼性について生の声をお聞きしました。ABEMA TVは、VSMは組合せていませんでしたが、全く問題ない形で運用されていました。
本誌:機器の安定度、信頼性についても確認がとれて、いよいよ導入となった訳ですね。
STV:決定した要因として、もう一つはサブ等の大きな設備ですとSI(システム・インテグレーター)メーカーが上に立ちます。MediorNetとVSMを組み合わせて、素材分配設備を作ろうと構想を練った時、SIメーカーをどうするかと言う課題がありました。本当は、オタリテックにお願いしたかったのですが、長く運用することを考えて、当社のシステム工事を多数お願いしている地元の代理店業者の㈱ロジックジャムが、機器にも精通しているので、ここをSIメーカーとして、オタリテックに協力いただいてサポートいただく枠組みを作り、メーカー選定に臨んでもらいました。結果的に自分で枠組みを用意してという作戦が功を奏した形です。もちろんメーカー選定はフラットに平等に行っています。
 最後の選定のステージに立ってもらうには、SIメーカーは絶対に不可欠でした。そこは、自分で動かないとユーザーにとって都合のよい選択肢は簡単には出ないと思います。SIを立てるまでが、構想期間になりますが、ここで練った構想が、今回の設備になっています。

報道フロア内に設置されたJ サブ

本誌:SIについては、報道サブ(Nサブ、Jサブ)をパナソニックシステムソリューションズジャパン、制作サブ(Tサブ)を池上通信機が担当されていますが、そことの素材分配設備の接続は上手くいきましたか。
STV:それぞれの設備ごとにメーカー選定を行っていました。選定の間は、特に問題にはなりませんでしたが、実際にメーカーが決定して、そこから詳細打ち合わせが始まると、当然、設備ごとのインタフェースの問題が出てきます。特に、素材分配設備は、どの設備にも繋がりますので、物凄く大変でした。それぞれの設備の打ち合わせの進捗が異なり、位相が常にずれていきます。制作設備で話を併せて、報道サブに行くと変化が出てくる、それを素材分配設備に伝えるといった作業の繰り返しでした。メーカーが決まってから、約半年間ぐらい調整しました。ただ、VSMに関しては、他の設備とのインタフェースを作るのは、世界的にも実績があるプロトコルが多数サポートされていますので、SIメーカーからすれば既に何かしらの実績がありました。

MetroN( 上2台) とMicroN( 下6台) の説明を行う向山悠樹氏


本誌:メーカーが決まっても、大変だったのですね。
STV:MediorNetとVSMは、今でこそ使用して1年が経過して、中身の機能について理解が深まっていますが、詳細打ち合わせの時は知識も少なく、実際に使っていませんので、VSMの豊富な機能を知らない中で打ち合わせをしていました。VSMの中の設定はオタリテックにお願いしましたが、立会検査の時点で初めて理解し、予想以上に機能が豊富でビックリしました。詳細打ち合わせの頃から何となく予感を感じ、立会検査の時には凄い設備ができるなという実感を持ちました。
 当時は更新設備の需要期で、他の局も軒並みサブやマスターの更新を計画していましたので、早くメーカーを決めて稼働日を担保しておかないとなりません。当社も、マスターのカットオーバーと同時にサブや素材分配装置のカットオーバーをしなければならないというマスト要件がありました。それで、1年半前にメーカー選定を行いました。
本誌:実際の工事は、何時から始めましたか。
STV:2020年の9月が立会検査で、機器の搬入が11月になりました。施工・調整を行い2021年2月下旬に引き渡しになりました。その後、VSMのトレーニング期間を経て2021年の3月7日にカットオーバーしました。その間、既存設備で放送を続けながら、新設備のトレーニングを行いました。
本誌:ルーター機能をMediorNetで分散化した結果、更新工事も上手くいったのですか。
STV:懸念していた、共通ラック室の1本分のラックに全て収まりました。要は、共通ラック室で入出力する分のMicroNだけを入れれば良い訳です。後は、必要な入出力に合わせて、各サブのラックにMicroNを設置し、敷線は全て光ケーブルですので、48芯の光ケーブルを2~3本敷線すれば終わります。
 更新のためのラックスペースがないという、同じような悩みを持っている局さんも多くあると思います。サブは二つあれば一つを壊して更新できますが、素材分配設備はそうはいきません。MediorNetシステムは、一つの選択肢になると思います。
本誌:実際の工事に取り掛かる前に、物凄い時間をかけられたのですね。
STV:構想を練って、それが仕様書になって、その内容で提案を受けて詳細打ち合わせに入ったのですが、常に何か不測の事態というか、予定したことができないといった、構想が崩れていく事を絶えず危惧していました。ところが、素材分配装置に関しては思っていた120%以上の出来になりました。詳細打ち合わせや立会検査でも、その時に思いついて『こんなことできますか…』と言うと、大体はリクエストに応えていただきました。
 その結果、思った以上の機能を盛り込むことができました。他のシステムでは、難しかったと思います。


本誌:機能が豊富になると、現場の方の操作が大変になるということはありませんか。
STV:操作自体は非常に解りやすく作りましたので、操作のハードルは高くありませんが、技術者としては、VSMの中身を知ることが維持・管理をするうえで重要になります。その点では、以前の設備より多機能になりましたので、難しいと思います。ただ、難しいと言う点では、振り返って2006年の時に、当時アナログのSDの設備が、軒並みデジタルのHDの設備になり、機能も多機能になりました。この時は、HD-SDIも取り扱ったことが無かったので、それなりの大きな変化点がありました。それが、15年経つと当たり前のように使っています。次の設備期間を15年と考えた時に、VSMは最初のハードルは高く見えるかもしれませんが、当社の技術メンバーがVSMを使いこなしていった先の15年後は、頼もしいかなと思います。発展性がとてもあります。とても優れたソフトウェアですので、これを習熟していくと言うのは、STVの技術者にとっては、とても意義のある事だと考えています。

昨年の衆議院選挙でVSMが威力を発揮

本誌:MediorNetとVSMの組合せは、実際に運用されていかがですか。
STV:実際には冗長系も組みながらシステムを構築しています。99%の運用が映像のルーティングですので、全く問題なく動いています。さらに、中身が詳しくなってきたので、イレギュラーな使い方にもチャレンジしています。使いこなせる人間も増えており、2021年11月の衆議院選挙では、当社で過去最大規模の中継を行ったのですが、VSMやMicroNを駆使して、さらっとやり遂げられました(笑)。
 音声をデマックスするといった作業が、簡単なパソコン操作でできます。今までは、ルーターや変換器を増設しなければ成りませんでした。現場の反響も好評で、習熟という点では、これからも進めていかなければなりませんが、VSMにかなり詳しくなってきています。習熟したメンバーをどんどん増やしていかなければなりません。素材名称を変えたりとか、ルーターパネルの素材の並びを変えたりとかが日常的にありますが、これはだいたいのメンバーができるようになりました。

機能や表示文字のカスタマイズが可能なVSM のハードパネル


 実際、先の選挙ではVSMの機能を駆使して、選挙の直前までは通常運用ですので、その間にオフラインでパネルの表示を編集しておき、選挙運用に入ると選挙モードにぱっと変えて、選挙が終わったら通常に戻すということをやりました。例えば、FPUを使って当社に入ってくる素材は、通常はボタンに『FPU 1』といった表示ですが、選挙の時は『○○選対』のような表示に変えると、オペレータも操作がしやすくなります。『○○選対』という名前が沢山あったら、それを1ページ目に寄せておけば、ページ送りしていかなくてもすみます。そういう作業をオフラインで仕込んでおきました。
 基本的に、VSMに関してはカスタマイズしていません。VSMの機能として持っていたものを有効活用しています。

画面上にハードパネルより自由度の高いボタン配置が可能な VSM のソフトパネル


本誌:制作サブは4Kに対応していますが、素材分配設備の4K対応は検討されませんでしたか
STV:制作サブは、一部だけですが4K対応しました。4K対応については、総務省のロードマップの中に地上波の4K放送がありません。素材分配設備は局内外の回線を一挙に集めてきますが、現状でHDの素材しかありません。そこで、ニュースサブや回線分配設備はHDを基本に考えました。後々4K対応が必要になると、それなりの費用がかかりますが、それ以上にテレビマスターの4K化は、高額なお金がかかります。サブだけを4Kにしたところで、あまり意味がありません。
 素材分配設備に関しては、4Kの素材が一本だけ入ってくるケースはあり得ますが、4Kの収録機も保有していません。あったとしても、ルーティングせずに4Kの収録機を直接つなげばよいと考えています。と言う訳で、素材分配設備に関しては、HDとしました。
本誌:従来の放送局の設備は、大手の放送機器メーカーがSIとなり、そのメーカーの製品を中心にシステムを構築するケースが多かったですが、札幌テレビさんの今回の素材分配設備は、ユーザーが自ら利便性や効率化を考えて構築した点でも注目されますね。
STV:ネットワークシステムにおいては「映像」「音声」「コントロール」は一体化されてこそのソリューションであり、そこに今までとは違う利便性や効率化が実現します。今回導入したVSMは、局内にある多くの機材のメーカーの枠を超えて一元管理を実現して、利便性や効率化が大きく向上しました。ここが、従来の大手映像メーカーSIによる設備更新とは、大きく違う部分だと考えています。
本誌:素材分配設備と言う言葉は、非常に解りやすい言葉ですが、業界で一般的には使われていませんね。
STV:STVだけの言葉だと思います。原稿を書く時も『素材分配設備とは…』から始めます(笑)。ただ、こういう機能の設備は、何処の局にも有ると思います。
回線ルーターと言っている局もありますが、それはあくまで分配ルーターだけの話で、RS422のルーターですとか、KVMマトリックスとかを一手に切り替えるものではありません。それを総称して素材分配設備といっています。2006年に設備した担当者が付けた名称です。
 我々も、今回の担当者で構想を練って、こういう素材分配設備ができましたので、さらに15年後にできる設備が楽しみですね。ありきたりなベースバンドルーターで15年過ごすよりは、今回の設備で過ごすことが、次の設備に繋がっていくと思います。
本誌:今後の展開として、何か考えていることはありますか。
STV:今後の課題としてはリモート制作があります。
札幌ドームに光回線を敷線して中継を行っていますが、常設の光回線が作れればMediorNetの1台を球場に設置すれば、かなりの数の素材のやり取りや制御ができそうなので、リモートプロダクションができるのではと考えました。しかし、都合の良い光回線がなかなか見つからなくて、一回は見送りになりました。既に、こちらがMediorNetで組まれていますので、MicroNを1台持って行けば、信号のやり取りが可能になります。
 リモートプロダクションに関しては、IPの展開も含めて、今後検討していきたいと考えています。
本誌:本日は、ありがとうございました。