Report9<KANSAI>

デジタル技術で新たなビジネスを生み出す動き 
~カンテレ、MBSの取り組みから~

 放送局が、業界を取り巻く環境の変化に対応し生き残っていくため、様々な事業に取り組むようになって久しい。異業種との連携やスタートアップ企業のグループ化など大がかりな施策のほか、局内で募ったアイデアを具現化していく試みも各社で行われている。今回のレポートでは、放送局の技術メンバーによって始まった新規事業へのチャレンジについて、関西テレビ放送(カンテレ)と毎日放送(MBS)の取り組みを紹介する。

カンテレXRのチャレンジ

 2023年夏、大阪南港ATCホールで開催されたイベント『「科学漫画サバイバル」シリーズ 絶体絶命!?キミたちのサバイバル』の会場に、楽しそうな子どもたちの姿があった。子どもたちが体験していたのは、VRシアターを用いたゲーム形式アトラクション。カンテレが新規事業開発の一環として取り組んでいる、XR(クロスリアリティ)体験をプロデュースする「カンテレXR」チームが制作したものだ。

 カンテレXRチームのスタートは、2017年にさかのぼる。当時、流行ってきていたVRなどのXRについて、技術系メンバーが中心となり技術研究・実証事業を行うワーキンググループ「カンテレXRLab」が立ち上がった。同じくVR研究を進めていた和歌山大学観光学部とともに、ドームシアターとヘッドマウントディスプレイの2つハードウェアを使ったイベントを手がけることから始めていく。

 カンテレ経営戦略局事業戦略部「カンテレXR」事業プロジェクトリーダー・プロデューサーの山本道雄さんは、カンテレXRLabを立ち上げたきっかけについて「VRメガネがスマートフォンのような存在になると、期待感をもって言われていた時期。これからはVRメガネを着けてテレビを見るようになるのか?デバイスシフトでますますテレビは見られなくなるのか?また、注目の技術をテレビへうまく活用していく方法はないのか?といった課題と対応を探る目的でスタートしました」と話す。

 次第に、カンテレとゆかりのあった自治体から依頼が来るようになり、調査・研究活動ではありながらビジネスの端緒となっていく。自治体が希望するのは、主に観光プロモーションでのVR活用。愛媛県松山市の道後温泉のプロモーション『道後REBORN in 銀座三越』では、和歌山大学の協力を得てドームシアターイベントも開催した。

 イベントなどを展開しながらカンテレXRLabでは、テレビとの相乗効果と事業のビジネス化を目標に設定。「VRコンテンツとして新たなものにチャレンジしつつ、テレビの視聴率アップへつながる形を目指す」(山本さん)ように。生放送番組『競馬BEAT』と連動した企画では、配信からテレビへ、テレビのチャンネルを変える前に配信へ、という回遊を狙い、360度のパドックをYouTubeでライブ配信した。

新規事業採用でビジネス本格化

 2021年に事業化。しかしながら「ウェブ有料配信などのトライアルはするものの新規事業のノウハウがなく、収益化・ビジネス化への現実味は帯びていませんでした」と山本さん。「このままではいけない」と応募したのが2021年の『カンテレイノベーションチャレンジ』(KIC)。『XR&VRシアターによる体験プロデュース事業』が採用され、2022年に新規事業として再スタート。XRをより身近に、多くの場面に広げるXR体験プロデュース集団、カンテレXR「octMagic」(オクトマジック)が発足した。

 octMagicでは、“カンテレのプロデュース力とXR技術を融合させ、まだ見ぬ圧倒的体験・感動を提供する”というミッションを掲げ、XR体験を通じた8つのバリュー、遊ぶ、学ぶ、創造、共感、繋がる、癒す、刺激、感動を提供する。脚本・構成力、IP・キャスティング力、テレビ局のアセット、という映像のプロとしての強みも掛け合わせた戦略と今後の計画をしっかりと議論。ビジネス化へ向けニーズ調査と細かな価格設定も行った。

 子どもが楽しんで学べる
 VRアトラクションが好評

ニーズの中で一番、着手しやすい事業領域として選んだのはまず、放送局がこれまで行ってきたイベント事業。イベントや展覧会会場で、大人はパネルや写真を見て、説明を読む形で学べるが、子どもには内容が難しかったり飽きが来たりする。これまでにはなかった、子どもたちがVRを使って遊びながら学べる企画が、冒頭のゲーム形式アトラクションだ。

 採用したのは、ルーム型VRシアター。通常フロアに設置可能な手軽さがありながら、映像を見せるだけではなくインタラクティブに対応する。2022年の夏は、『わけあって絶滅しました。展』で、「ホッキョクグマを絶滅の危機から救え!」をプロデュースした。子ども自身が絶滅寸前のホッキョクグマになり、溶けてくる氷に乗り続けることができるかを体感しながら、地球温暖化について学ぶVRゲーム。2023年の夏に開催された『―キミたちのサバイバル』では、VRシアターに現れる巨大昆虫をボールで倒して脱出する「キミたちをおそってくる巨大昆虫を倒そう!」、VRシアターでエレベーター内の階数ボタンを足で押し、地震で止まったエレベーターから脱出する「地震発生!エレベーターから脱出せよ」をプロデュース。遊ぶ、学ぶ、刺激の3つのバリューを提供した。

VRシアター「ホッキョクグマを絶滅の危機から救え!」
VRシアター「キミたちをおそってくる巨大昆虫を倒そう!」
VRシアター「地震発生!エレベーターから脱出せよ」

 山本さんは「B to Bの部分では、お客さまであるイベント事業者の希望を聞いてコンテンツを提案、受注できたことで、新規事業としてのニーズの証明になりました。VRの企画があるのとないのとでは全く違うと好評価をいいただき、B to Cの部分でも、子ども連れのご家族を中心に好意的な感想をいただけました」と話す。

 次に、イベント事業と並んでニーズがあるとするのは観光分野。いかに美しい映像をしっかりと見せてリアルな観光につなげるかが重要で、『道後REBORN in 銀座三越』でも使用したドームシアターは、天井高を必要とするが、「観光映像に適していて今後、広がりがあるとみています」と山本さん。

 コロナ禍の中では、阪急交通社と『世界の観光VR映像アーカイブ』に取り組んだ。カンテレ、和歌山大学観光学部との3者で、世界各地の観光地の360度映像をアーカイブし、各種展開を狙うプロジェクト。2020年6月からアーカイブのウェブ公開をスタートし、2021年から、阪急百貨店での無料体験、阪急交通社のイベントでの有料体験として展開した。

 ARグラスやVR双眼鏡
 新しいハード導入も進め
 
事業の規模化目指す
 

 新たなチャレンジとしては、2023年の秋、ベンチャー企業の㈱U.と共同で、ARシューティングゲーム『イマーシブバトル~赤い口の勇者・世界を救う~』を制作。カンテレ扇町スクエアで有料体験イベントを開催した。

 チャレンジの狙いは、新しいハードウェアとなるARグラスを使うこと。VRメガネより軽くて圧迫感がなく、年齢制限もない。もう一つの狙いは、周遊型コンテンツの制作。『イマーシブ―』は、20XX年、世界各地の街に出現した謎のゲートから現れるモンスターたちから、街を守り抜くゲーム。会場内の各所からカンテレのキャラクター・ハチエモンを探し出して、スマートフォンで吹き出しをタッチ。モンスターを倒すための武器を集めていく。山本さんは「周遊性は観光分野で求められていたこと。キャラクターを差し替えることで汎用性を出せ、周遊の概念を加えることで例えば、和歌山県内5か所の観光地を回り、最後に和歌山城でバトルをするといったこともできます。商業施設や遊園地などを周遊してもらうような設計も可能になります」と説明する。

ARシューティングゲーム『イマーシブバトル~赤い口の勇者・世界を救う~』

 さらに新しいハードウェアとして、VR双眼鏡の運用も行っている。『わけあって絶滅―』では、ティラノサウルスの全身骨格を双眼鏡でのぞくと、VRでティラノサウルスが出現し会場の外に飛び出していく、というコンテンツに使用。2023年12月~2024年1月には、HUBとなる地区から地方へ観光誘致するための魅力訴求コンテンツを体験してもらうことを目的に、大阪なんばの観光案内所『Pivot BASE』で、有料(1回200円)運用した。

 カンテレXRチームでは他にも、VRライブ伝送やライブビューイング、プラネタリウム番組の制作・配給、メタバース空間のプロデュースなどの実績を積み重ねている。営業でもなく新規事業のノウハウもないところからスタートしたチャレンジだったが、山本さんは「直接、結果を見られる仕事。テレビと違い、実際にお客さまの顔を見て感想を聞けることが嬉しいです」と話し、今後について「様々なハードを持っていることで、ビジネスニーズを満たすことができます。これまで順調に結果を残せていますが今後、武器(ハード)を増やしていく中で事業の規模化を目指していく方針です。テレビは色んな技術と連携させていける媒体。『大阪・関西万博』も含めてどんどんチャレンジしていきたいです」と抱負を語った。

ARシューティングゲーム『イマーシブバトル~赤い口の勇者・世界を救う~』のプレイ風景

MBS総合技術局が展示会に初出展

 MBS総合技術局は2023年7月、展示会というものに初めて出展した。出展したイベントは、都市のDX化や地域の健康寿命延伸に貢献する技術・サービスが集結した『まちづくりデザインWEEK「SUPER CITY/SMART CITY KANSAI 2023」』。JTBコミュニケーションデザインが、グランフロント大阪で開催した。

『まちづくりデザインWEEK「SUPER CITY/SMART CITY KANSAI 2023」』

 展示した内容は次の10件。①カスタマイズAIでイラスト作成を自動化する「『ごぶごぶ』AIイラスト作成システム」 ②AIが人を追従して画作りをする「AIカメラシステム」 ③AIがボールを認識、リアルタイムで球筋を分かりやすく色付けする「AIプロ野球 球筋描画システム」 ④AIが映像から人物を切り抜いてリアルタイム合成、中継現場にいながらスタジオへのVR出演を実現する「『選挙の日』よんチャンTV開票特番』VRスタジオ出演システム」 ⑤AIが報道素材やロケ素材のモザイク処理を自動化する「AIモザイク処理システム」 ⑥MBSキャラクター・らいよんチャンが3Dで目の前に現れる「らいよんチャンAR」 ⑦複数台のカメラとCGを駆使した配信や収録が手軽に実現する「簡易配信中継システム」 ⑧インターンシップをメタバース空間で行う「メタバースインターンシップ」 ⑨投稿動画の歌い出しや顔の位置・サイズを整える作業を自動化した「『1万人の第九』投稿素材自動調整システム」 ⑩出演者のリアル投げ銭数をリアルタイムでカウントしデータ化する「『ゼニガメ』リアル投げ銭カウントシステム」。

「『ごぶごぶ』AIイラスト作成システム」 より
「らいよんチャンAR」 より
「『1万人の第九』投稿素材自動調整システム」

さきがけだった内製技術をビジネスに

この10件は、総合技術局が番組作りの傍ら、制作のDX化やこれまでにないような演出の創出を目指して行っている技術開発の成果だ。それらを「ビジネス化できるのではないか?」と、同局制作技術センター映像担当の木戸勇太さんは考えた。

 きっかけは、④の技術を使った2021年の衆議院議員選挙投開票特番を放送したのちに、某放送機器メーカーから同様のシステムが製品化され、また翌年、某キー局では別の選挙特番で同様の試みが行われたこと。MBSの特番では、当確が出たばかりの現地にいる政治家がバーチャルリアリティでスタジオに現われ、出演者のMBSアナウンサー・河田直也さんとジャニーズWEST(当時)・中間淳太さんが生直撃した。“選挙のテーマパーク”のような世界観を醸すことで、難しくて敬遠しがちな選挙に興味を持って参加してもらうことを目指した。木戸さんは「特番で使用したのは、完全にMBSで一から内製化したシステム。自分たちはさきがけのことをしていて、その時点でビジネス化できていたら第一人者であったのではないかと感じました」と当時を振り返る。

当確が出たばかりの政治家が現地からVRでスタジオに

 それから自分たちの技術をビジネスにつなげるべく、『あすのための実験室』(あすラボ)へ応募した。あすラボは、MBSが2021年に開局70周年を迎え、新規ビジネスやこれまでにないことにトライする企画を応援するために始めたもの。2022年のセカンドステージに『総合技術局内で独自に開発したシステム・ソフトウェアのビジネス化』として応募。全83件の応募に287人が投票。最終の5件に選出された。

放送業界に限定せずチャンスを広げる

 選出後、最初に取り組んだのが今回の出展となる。『Ⅰnter BEE』に出展する放送局もある中、大阪で開催される、放送業界向けではない展示会を選んだ理由について木戸さんは「地元大阪で、様々な業界と接し、放送業界以外でもビジネスチャンスを探れればと考えたためです」と説明する。展示した10の技術のうち9件が独自開発。すでに社内の現場では利活用されていたが、4件を、ブース訪問者も体験できるデモ仕様にシステムを変更して臨んだ。会場で対応したのは、木戸さんを含めた同局メンバー5人。2日間の出展で200人以上がブースを訪れた。出展を終え木戸さんは「MBSのオリジナリティあるものを出せて、違う業界のビジネスチャンスをヒアリングできました。初めての試みに社内でどういった見方をされるのか気にはなりましたが、新しい動きに好意的で、面白くとらえてもらっています。展示会参加者からは、説明するのが営業やPR担当ではなく全員がエンジニアであることも面白いと言われました」と反響を語る。

売り込み方法模索もビジネス化の動き継続を

 出展後は数社と打ち合わせに進み、1社とはイベントでの使用について具体的な話をしているという。木戸さんは「世のIT企業は、社内システムを社外へも売れるようにして、ビジネスが成立するようになりました。私たちも同じようなところを目指したいと思っています。展示した以外に今、開発中の技術はもっとあるし、これから作っていきたいものもある。それらをどう売り込んでいくかを考え中です。1年間期限のあすラボの取り組みは終わりましたが、自分たちの思いをそのままに、企業と話をして形にしていく動きは続けていきます。将来的に私たちの技術が、営業や事業主導のイベントでも活用され、門戸を広げることにつながれば素敵だと思っています」と意欲を見せる。